「明日から何か新しいことをしよう!」
「ずっと挑戦したかったことを始めてみよう!」
そう思ってもなかなか行動できませんよね。「今日は面倒だから」「疲れているから」と明日に回してしまい、気づいたら一週間経ってたなんてこと、あるあるです。それに気づけばまだ良い方で、いつ間にかやろうと思ったことすら忘れてしまうなんてことも。
私もそうでした。でも、ほんの少しの意識改革をするだけで変われます。
そして、何かをしようと思うのは、何かを変えたいからだと思いますが、始めさえすれば人ってその通り変われます。
今回は私が「すぐに行動するタイプになれたキッカケ」と克服した結果、得られたものをご紹介します。
目次
面倒くさがりは治らない
まず、綺麗事を言うつもりなんてなくて、面倒くさがりは治りません。
一生付き合っていかなければならない、ある種の病気とさえ思っています。
そういった意味でタイトルには語弊がありました。すみません。
私は夏休みの宿題は夏休み最終日あるいは2学期の初日に始めるようなタイプでしたが、実はそれは今もそうだったりします……
どうにか治らないかと色々調べたり本を読んだりもしたのですが、人ってそんな簡単に変われる生き物でもないですよね。
思い切って「面倒くさがりであること」は割り切ってしまい、与えられた条件・性質のなかでどう動くのが最適かを考える方が手っ取り早いということです。
なんでそれをしたいのか突き詰めて考えてみよう
「何かを始めたい、だけどそれが面倒……」の「何か」には実は2種類あります。
・仕事的にやらなければいけない義務
・私生活を充実させるためにやりたい事
の2つです。
で、私の少ない経験則では、面倒くさがりな性格の人が前者(義務的なこと)をチャチャっと済ますのはまず無理です。
義務的なやらなければならないことの方は諦めて締め切りに追われるようにしましょう。
そもそも後者(自分がしたいこと)すらも面倒くさがってやらない人がやりたくないような義務的なことまでサッとできるようになるなんて考えるのは「面倒くさがり」を舐めすぎです。
だいたい、
締め切りに追われるあのヒヤヒヤとした感じ>面倒
と言う図式が成り立っている人は、さっさとやってしまいます。
そう言う人と違い、私を含むこの記事の読者の方々の「面倒」と言うのはそれはもう膨大なものであり、山より高くそびえ立ち、海より深く構えています。
締め切りに追われるあのヒヤヒヤとした感じ<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<面倒
悲しいかな、この図式がひっくり返ることはありません。
でも、義務的なことをささっと済ませるような人にはなれませんが、後者の「自分がやりたいこと」と言うのは意識次第ですぐにやる人になることができます。
そのために必須なのが、「それは本当にしたいことなのか考えること」です。
それが本当にしたいことなのかを考えよう
例えば、プログラミングを学びたいと思っているけど、仕事で疲れていたり、家事が忙しかったり、明日も早いから……なんて理由でなかなかできないとしましょう。
このとき、考えるべきことは2つあります。
・心の底からやりたいのか(=「仕事的にやらなければいけない義務」でなく、「私生活を充実させるためにやりたい事」なのか)
・そもそもなんでやりたいのか
と言う2点です。
心の底からやりたいのか考える
もし、プログラミングが「仕事的にやらなければならない義務」なのであれば前述した通り私たち面倒臭がりには到底無理な話です。
あれこれ理由を作り、絶対にやりません。仕事とか用事とか体調とか、やらない理由って星の数ほど無限に積み上げることができますので。
1つでもそれらしい「やらない理由」を作ってしまうと、あら不思議、やらない自分が正当化された気がして、やらなくて済んじゃうんです。
第一、やらない理由を並べて「やらなくて済む」なんてことに安心してる時点で、それはやりたいことじゃなくて、やらなければならないこと(義務)なので面倒くさがりには無理ですよと言うわけです。
「それはやりたいことではなく、やらなければならないことなんだ」と言う正しい認識をすることが大切です。
Twitterを1日30件しましょう!というアドバイスを受けて、頑張って投稿してる人をたまにみるんですが、Twitterは、一生懸命我慢しても投稿を30件に抑えられないような人がゴロゴロいるから、自分が長時間やっても苦じゃないところで頑張ったほうがよいんじゃないかと思ってます。
— けんすう👀 (@kensuu) 2019年2月4日
ちょっと発言の意図とは異なりますがこれとほとんど同じです。
そもそもなんでやりたいのか考える
例えばプログラミングであれば、これから必須のスキルとなると言われ続けており、義務教育になることまで決まりました。
でも、あなたはなぜしたいのでしょうか?
楽しそうだから?
将来役に立つから?
お金が稼げるから?
じゃあ、それを決めたのは誰でしょうか。
なんで楽しいのでしょうか?なんの役に立つのでしょうか?お金は他でも稼げるんじゃないでしょうか?
と言うことを少し掘り下げていきます。
「ご飯を食べたいけど面倒臭い」とならないのはなぜか
ご飯を食べるのが面倒……だからや〜〜らない!
とならないのはなぜでしょう。
今までの理屈で言えば、やらないのが筋であり、一貫性のある行動なのではないのでしょうか。
「ご飯は生命維持に必要だから」と返ってきそうですが、日本のような先進国に生きてればそこまで飢餓状態になってないですよね。
また、面白いことに肥満の人は、長期間食べずにいても自身の脂肪を燃焼し続けられる間は理論上、餓死しないそうです。
と言うわけで面倒でもご飯を食べるのは生命維持のためなんかじゃない訳です。
納得できない人は「お風呂に入る」でも「歯磨きをする」でもいいかと思います。
いずれも短期的には生命維持に不必要な行為ですし、本当に面倒なら1週間でも1ヶ月でも、それをしなければいい。
でも、するのはなぜでしょうか。
それはきっと、それをしたことで得られるメリットを他の誰でもないあなた自身が体感してる/知っているからです。
ご飯を食べれば空腹を満たせますし、お風呂に入れば不潔と思われず、歯を磨けば虫歯のリスクを抑えられます。
全部あなた自身が体感してそれをするメリットを知っているから、面倒というハードルを乗り越え、それをできる訳です。
逆にそれをするメリットを体感してない/知らない場合は、ハードルが高いわけです。
何かを始めようと思ったキッカケというのはだいたい他人からの情報かと思いますが、その他人の情報(「楽しい」とか「役に立つ」とか)とはあくまで他人に当てはまる情報であり、それをして得られるメリットをあなたはまだ体感していない/知らない訳です。
ただ、メリットを知れば、自然とするようになります。
なので、まずは知らなければ始められるわけないということです。
まずはほんの少しでいいから知ることが大切という訳ですね。1歩だけ、1cmだけでも進めれば、それをすることについての理解が深まります
そのほんの一歩目も踏み出せないようなことは本当はあなたには不必要ことで、やりたくないものでしかないので、その通りに「やらない」という判断をしてしまえばいいのです。
この記事をざっくりまとめ
・「やらなきゃいけないこと」と「やりたいこと」をきちんと見分ける
・やりたいことはまず小さな一歩を踏み出し、知ることから始める
・やらなきゃいけないことをすぐやるようになるのは無理と諦め、締め切りに追われ続ける人生を覚悟する
以上です。何か始めたいと言ってもそれが義務的なのか、それとも自発的にやりたいことなのかを判断しましょう。
それが義務的なことなら面倒くさがりには無理です。自発的にやりたいことなら、知ることから始めましょうと言った具合です。
ちょっと辛辣な物言いもしてしまいましたが、私は誰よりも真剣に「面倒くさがり」に向き合ったと自負しておりますので、「面倒くさがり界」の先輩だと思ってちょっと言われた通りにしてみてください 🙂