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【読書時間0分】大学生の平均読書時間激減の是非

昨年、全国大学生協連の調査により大学生の実に53%が読書時間0分であることが分かりました。

私自身、大学時代には読書量は少ない方で1ヶ月に2、3冊程度。

ほぼ毎日足繁く図書館に通い、PC作業スペースに行くまでに必ず通る新書コーナーを脇目に、面白そうな本を手に取るというルーティンがありながらもなお、2、3冊程度なのです。

一口に本とは言っても、本にも二種類あります。

創作物(小説、言論、詩など)と情報本(ノウハウ、雑誌、参考書など)ですね。それぞれのどこが問題点なのかを挙げていきましょう。

まずは創作物からです。創作物の問題点を語るには、資本主義とマルチメディアに触れないわけにはいきません。

資本主義とマルチメディア

資本主義社会である以上、集客が効きそうな大衆に流行っているコンテンツに企業は着目します。

作り手は基本、大衆に流れる。どれだけ面白いものを世に送り出そうとも、それが企業によるものであれば基本は利益あってこそです。

ですから、良いものはどうしても大衆寄りに流れてしまう。そして、大衆というのは「難解なもの」や「面倒なもの」を好みません。

皆さん自身、やらなきゃならない仕事があって、「自分でやる」、「他人に投げる」という選択肢が2つあれば、多くの方は他人に投げる方を選択するでしょう。時短や負担軽減という理由です。

しかし、それが仕事でなく、自分の興味があるものであれば当然「自分でやる」とは思いますが、そこでも選択肢が2つあったとしましょう。

「理解が簡単な(作業時間が短い)もの」と「理解が難しい(作業時間が長い)もの」という2つの選択肢です。であれば、多くの方は当然前者に傾きます。

ですから、作り手も、受け手の理解や目的達成がより簡単になるよう努めていく。そうなった結果生まれてきたのがマルチメディアです。

MEMO
マルチメディア……「情報伝達」のために映像、音楽、文字など様々なツールを使う媒体

マルチメディアは文字メディアに引き換え、見ていて飽きが来づらいので多くの方は「絵」や「映像」による視覚的な情報収集を好むようになります。

その発端がマンガ、テレビ、そして引いては昨今のYouTubeブームです。

マルチメディアに慣れてしまえば、大量の文字に触れることに億劫になってしまうことは言うまでもありません。

それが幼い頃からなら尚更そうでしょう。

(「読書時間0分」層の増加の原因として)最近の大学生の高校までの読書習慣が全体的に下がっていることの影響が大きい。
ー同志社大学 学習支援・教育開発センター 浜島 幸司ー
引用:http://www.univcoop.or.jp/press/life/report.html

本離れを嘆く方の中にラジオ、マンガ、テレビ、映画を全く見聞きしない人はどれだけいるでしょうか。恐らく極小数であるはずです。

その極少数側でなければ、あなたも生まれ年次第では本離れに加担する一部になりえたのです。創作物の本に若者があまり興味を示さなくなったのは理解しやすいものに流れる大衆と全く同じ構造です。

本離れの正しい認識

ただ、ここで言及しておかなければならないのは本離れしたからと言って、人々が「情報収集」をしなくなった訳では無いと言うこと。

むしろ、インターネットの台頭により以前よりも情報量が増え、人々の情報収集技術が向上したとさえ言えるでしょう。

例えばニュースなんかもテレビで報道されるよりも早くにTwitterなどのSNSで情報をキャッチできることなんて私自身何度でもありました。そう考えていくと、確かに本は情報収集をするには向いていません

ある1つのトピックやテーマがあり、その話題に基づき書かれているのが本というコンテンツです。索引もないものが多いため、基本的に本から自分の欲しい情報を得るには1ページ目から最後まで一旦読む必要がある。深い情報は得られるものの、情報へのアクセスが遅い。

これではどうしても効率が悪いと言わざるを得ません。インターネットを経由すれば、欲しい情報に0.数秒の待ち時間でアクセスすることが可能であり、しかも映像媒体と文字媒体という選択肢まで貰える。

もちろん、インターネット上だけで得られる知識は少なかったり、整合性に欠けていたりすることがあるため、そこで必要になってくるのが本です。

つまり、情報過多の現在において、情報収集のツールとしての本の「役割が変わった」というのが正しい認識ではないでしょうか。

昔であれば技術面での問題により本や新聞などの文字媒体による情報収集が主流でした。与えられた選択肢が文字媒体のみである以上、嫌でも情報収集をするには本を選択せざるを得ない。

しかし、技術革新によりマルチメディアやインターネットが生まれ、人々に情報収集の手段、選択肢が増えた。そのために、本からの情報収集を非合理的だと考えていた人々の情報収集手段が移ろいだというだけの単純な構造です。

「読書時間0分=情報収集をしなくなった」などでは決してなく、むしろ情報量が増え、合理的にそれらを集めるために最適な手段選択していった結果が読書時間0分だと言えます。

以上が二種類の本、創作物と情報物から人が離れていった正しい認識です。

では、ここから問題を発展させ、昨今よく嘆かれている「活字離れ」に関してですが、ここまでで、人が文字に触れる(情報収集の)手段やツールが本からインターネットに移り変わったと述べました。

つまり、活字離れしたのかと言えば全くそうとは思わないというのが私の結論です。

と言うのも、文字媒体、映像媒体という選択肢がある中で、どちらにもメリットデメリットがあります。そのメリットデメリットを踏まえ人はその時々により文字媒体か映像媒体かを選びますから、文字媒体を選択することもあるということです。

話の筋は変わりますが、例えば私の尊敬するブロガーには日に20万PVを獲得する方も沢山います。わかりやすく言うなら記事が1日に20万回読まれているということです。ブログですから当然文字媒体です。

文字媒体でも20万PVを獲得できる方がゴロゴロいる世界こそブログやサイト制作者の世界です。

ブログ読者の年齢割合

そして、多くのブログ・サイトの読者で一番多い年齢層は20〜30代の方です。つまり、本を読まなくなった人が増えたというだけで、それが活字離れに繋がるかといえば、そんな単純な話ではなく、繰り返しになりますが情報収集手段が変わっただけで活字離れは起こっていないという訳です。

まとめ

繰り返しになりますが、本には二種類あります。創作物と情報物。

創作物の本離れの原因
→資本主義社会により作り手が消費者へ迎合し、マルチメディアに力を入れていったこと
情報物の本離れの原因
→情報それ自体と収集手段が増えたことにより消費者が適宜、自分に最適なツールを選択していったこと

以上から私個人としての結論。大学生の本離れは全く悪いことでなく、時代の移り変わりに皆が上手く順応しており、起こるべくして起こった当然の帰結なのではないでしょうか。

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